【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.43:法源寺(真宗大谷派)】
【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.43:法源寺(真宗大谷派)】
法源寺は、山号を遍照山といい、外ヶ浜といわれた油川(青森市)に創建され、浪岡、堀越、寺町、新寺町と変遷を経てきました。五期20年間、弘前市長を務めた故:藤森氏のお寺だったことからも、長い間「市長さんの寺」とも言われていました。
慶安2年の寺町の大火では、幸いにして法源寺だけが焼失を免れたので建物をそのまま移したが、書院を造り直して建てた本堂と庫裏は雪のため壊れてしまったので、明治三十年、元報恩寺の右側にあった念仏堂・善入院の本堂を移築したと言われています。
最高の寺宝は、なんといっても浄土真宗の開祖親鸞上人(1173-1262)のご真影で、縦1.3m、横0.6m。台座が3つに分かれており、二代祐春和尚の代に真宗大谷派の本山山本顧寺から下賜されたといわれ、およそ500年の歴史を刻んでいます。
また、同寺には青森城代・家老を務めた進藤庄兵衛政次のお墓があります。先祖は出羽最上の出ですが、三代藩主信義の代に政次が千石で召し抱えられ、青森御仮屋城代などを務めました。江戸勤番中、信義が来客の諸公と酒宴中に議論となり、刀をとって自ら追いかけようとしたとき、政次がお家の運命にかかわるとして、信義を押しとどめたというエピソードが残っています。
(「こころ 津軽のお寺さん巡り 弘前編」より抜粋。)
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