【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.33:浄龍寺(真宗大谷派)】
【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.33:浄龍寺(真宗大谷派)】
「弘前寺院縁起」によると、浄龍寺の開祖善覚坊は、正保元年に弘前・寺町に寺を建立したと言われています。津軽へ下向してから寺を建立するまで十四年、寺号をもらうまでは四十四年もかかりました。善覚坊は、最初どこか別な場所に寺を建て、本寺の専徳寺が寺町に移転した頃に、二世利玄が中興開基したのではないかとも言われています。
脇寺の多くは独立する際に、檀家のほとんどを本寺にとられ、檀家不足から寺院経営に四苦八苦したということです。浄龍寺十五世住職の智鎧師は、網走、府中などの刑務所に勤め、日本一の教戒師といわれた人ですが、これも「お寺だけでは食っていけない」からというのが理由でした。多くの住職が教師やサラリーマンなどとの兼業で何とかやっていると言われた時代です。
本尊の阿弥陀如来像は、元禄年間に真宗総本山東本願寺から贈られたものとされています。また寺宝として「地獄」「極楽」「地獄・極楽」と三幅の絵図があり、明治三十七年、当時の檀家が寄進したものらしく、絹本製で、古くはないが立派なものと言われています。
(「こころ 津軽のお寺さん巡り 弘前編」より抜粋。)
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