【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.27:万蔵寺(曹洞宗)】
【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.27:万蔵寺(曹洞宗)】
鎌倉時代、津軽一帯を支配していたのが安藤氏、その娘・唐糸は、時の執権・北条時頼のもとに送られ、愛妾となって幸せに暮らしていたが、時頼の寵愛があまりにも深かったため他の女たちのしっとを買い、いたたまれなくなって鎌倉を去り津軽へ帰ったと言われています。これを聞いた時頼は大いに悲しみ、執権職を辞して出家、諸国行脚の旅に出ました。唐糸は、時頼が津軽を訪れることを知って驚きます。容色も衰えていたので再会を恐れ、時頼が藤崎に着く前日に柳の池に身を投じました。時頼は悲嘆に暮れ、その死をあわれんで寺を建ててめい福を祈りました。それが万蔵寺の前身護国寺と言われています。こうした物語も時頼が津軽を訪れたという史実はなく、どこまで真実かはわかりません。しかしながら寺に刻まれた「三つ鱗」は北条家の紋どころであり、北条家ゆかりの寺であることは確かです。
安藤家の没落と共に、同寺も現在の西茂森禅林街に移りました。弘前に来た同寺は古くから「貧乏寺」として知られています。その粗末な本堂は、唐糸御前にちなみ「カラ板敷きの万蔵寺」と揶揄されましたが、昭和12年、現在の立派な本堂に建て替えられました。
(「こころ 津軽のお寺さん巡り 弘前編」より抜粋。)
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