【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.28:嶺松院(曹洞宗)】
【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.28:嶺松院(曹洞宗)】
嶺松院は、山号を龍沢山(りゅうたくさん)といい、西茂森に移される前は蒔苗に位置し、「蒔苗寺」とも呼ばれた南部氏ゆかりの寺院でした。戦国時代の末期になると津軽での南部氏勢力は衰退します。それと共に、蒔苗氏も士豪、地侍化し、為信の力が拡大、傘下に投じ、大浦譜代となりました。元亀二年、為信が石川城を攻略した際に奮戦した与三郎政信が天正十年、龍沢山という丘に寺を再興し、稲荷社を祀ったと言われています。
蒔苗当時の開山は不明です。寺はあったものの、古い記録にも「正しい法を嗣ぐものなし。応持は伝法の僧ではあらず」とあり、正式な住職はいなかったものとみられます。
嶺松院の庫裏は、昭和51年に新築したものですが、本堂は明治37年に改築した古い建物です。本堂前に立ってまず驚くのは、両脇に極彩色の仁王さまの絵が「仁王立ち」しているのです。そして本堂に入ると目を奪われるのが壁画です。曹洞宗の開祖道元禅師の行状記や中国の風景画など、味わいのある見事な絵が壁面を埋めています。
寺ではこのほかにも軸物、屏風、ねぷたの見送り絵などの膨大な数の龍峡作品を収集、寺宝としています。
(「こころ 津軽のお寺さん巡り 弘前編」より抜粋。)
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