【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.24:真教寺(真宗大谷派)】
【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.24:真教寺(真宗大谷派)】
「新寺町の真教寺の過ぎのシンコ(てっぺん)さ~スズメ四十四羽巣くて~」弘前地方に古くから歌われていたわらべ歌です。だれがいつごろ作ったのかは不明ですが、昔は真教寺の境内に老杉がうっそうと茂っていたのと、津軽の人たちが苦手な発音(シとス)を組み合わせた歌は子供たちに親しまれ、この歌のおかげで真教寺を知らない人はいなかったといわれているほどです。
真教寺の歴代住職は津軽藩主の信望を集めていたため、新寺町に移転する際には大浦城の建物を解体した材料が寄進され、それを使って改築したほどでした。桃山風の書院造りで本堂は間口十四間(25.45m)もあったといいます。ふすまや便所も大浦城をそのまま復元した立派なもので、昭和十六年に国宝に指定されていましたが、三年後の十九年の火災で焼失してしまいました。結果として、寺宝のほとんどを焼いてしまいましたが、開山当時から伝わる本尊の阿弥陀如来像と慈覚大師作の阿弥陀如来像、親鸞聖人の肖像画だけは栗山公暁十八世住職が猛火をかいくぐって持ち出し、焼失を免れています。
(「こころ 津軽のお寺さん巡り 弘前編」より抜粋。)
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